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母の死因その3(覚書)

[遡り日記] 2014年4月28日(月)Ⅱ

母の死因がハッキリしないし、
その内科の女医さんも、「解剖しますか?」と聞いてきたので
もし遺伝性のある悪い病気だったら残された者が困ると思い
その場では、「はい」と返事しました。

少し経って解剖に詳しい先生からのお話で
内臓を全部取って、代わりに何か詰め物するとか?
解剖結果は、TVドラマのように早くわかるのではなくて
早くて半年から一年はかかると聞きました。
半年後に、「はい、このような病状でしたよ」と言われても
母は戻ってくるワケでもないし
いくら泳ぎの上手な母でも三途の川を渡るとき、
内臓がないとウマく泳げないんじゃないかと思って取りやめました。
始めの女医さん、もう少しキチンと話して欲しかったな!と思いました。

で、解剖がなくなったので
私は直ぐに家に連れて帰ることができると思っていた矢先
今度は、病院に運ばれてから24時間以内で亡くなってしまうと
事件性があるかもしれないということで検視が入ると言われました。

事件だなんて・・・ある訳ないじゃん!
と言っても、例えば
お世話疲れで私が母を救急車に乗せる前に腹部を殴ったとか?
それも救急車を呼んだのが、埼玉県の自宅なので
埼玉県警を今から呼ばなくてはならないと言われました。
どれだけ疑うのさ!
疑うなら、昨日私と別れて5時間の間にどんな処置をされて
どんな風に様態が急変したのか聞きたいもんだと思いました。

やっと埼玉県警が到着して、長々と事情徴収された挙句
埼 「現場検証をしたいので、ご自宅に戻っていただけますか?」
私 「母をココに残してですか?」
埼 「はい、事件性は無い事はわかりますが私達も仕事なもので」
言い方こそ丁重ですが、拒むことができない気迫がありました。

息子を病院に残して、泣く泣くパパと一緒に家に戻りました。
家では先に帰ってもらった娘とメロンパさんが
リビングを綺麗に掃除してくれていました。

埼玉県警が来て、現場検証です。
救急車を呼ぶ前の、台所であった事を説明して
県警の2人が、母と私になって何枚も写真を撮っていました。

その他に母が使っていた携帯と、
生命保険証書・預金通帳を出すように言われ、並べて写真撮っていました。
間取りも知りたいと、各部屋を全部見せました。

以上で、事件ではなかったと女医さんに連絡し
女医さんは、【死体検案書】を書く訳です。
死体検案書の直接死因欄には、“消化管出血”とありました。
(消化管って、どこのよ?)
(そんないい加減な死因でいいの?)
(消化管が出血すると死んじゃうんだ~)
腑に落ちないまま・・・・・

それでも、やっと母を連れて帰ることになり、
アルファクラブ武蔵野に頼んでおいたので、息子と一緒に戻りました。

家に帰ってきた母は、アゴの下にバンドエイドがあるものの
とても穏やかな顔をしていたので、少しだけホッとした私です。
この後は、葬儀のことなどを書きたいと思います。

母の死因その2(覚書)

[遡り日記] 2014年4月28日(月)Ⅰ

母を柏の病院に入院させて別れたのが夜中の3時でした。
助手席にはパパと寿羅、
高速道路を使って家に戻り、寝たのが午前4時のこと。
なかなか寝付けませんでしたが、
いつの間にか寝たようで、iPhoneの呼び出し音で目が覚めました。

時間を見ると、7:58am 病院からでした。

病 「朝方、容態が急変しました。
   ご本人は延命措置に対して、どのように言ってましたか?」

(ちょっと待って!いったい何なのよ!)
 朝一の電話で気が動転する私。

私 「本人はしないでほしい、と言ってましたが私はやってほしいです」
病 「ご家族も同意してますか?」
私 「主人と相談してみます。」
(危篤なんですか?とか聞けば良かったかと後で思った)
病 「電気ショックはしてみますけど、とにかく早く来てください」

直ぐにパパに電話して、娘にも直ぐ病院へ行くように連絡して
寿羅が一人になってしまうので、メロンパさんに来てもらい
会社にいる息子を拾って病院へ向かいました。

8:50am 柏駅近くで再び病院から電話あり
「もうすぐ着くから」と返事。

9:00am 集中治療室に到着しても母に会わせてくれないんです。
こっちは直ぐにでも会いたいのに。
昨日の内科の女医さんが、
ヘンに冷静そうに話し出すのが、すご~くシャクに障った私でした。

女医 「朝方、容体が急変しまして今は人工呼吸器を取り付けて
    心臓マッサージをしているところです。
    貧血の数値が低く、私がもっと早く輸血をすれば・・・」

(輸血をすれば助かったの?母に何があったの?)
涙が止まらなくて、何を話していいかわからなくて泣くばかりの私。

30分ぐらい経ったころ
女医 「30分以上経ったので心臓蘇生を止める事ができます」
私  「続けてくださいよ!早く母に会わせて!」
女医 「これ以上続けますと胸の骨が折れて可哀想になります」
私  「もう生き返らないって事ですか?」
女医 「そうですね」

とにかく顔を見たくて同意してしまいました。
人工呼吸器を外して、午前9時56分 合掌

手を振って別れてから僅か5時間で、こんな事になるなんて
何が何だかわからない内に母は死んでしまった。
これが夢ならいいのに、と何度思ったことか。

この数値は、母のヘモグロビンの値です。
正常値は12ℓ~15ℓだそうです。

4/10 7.8ℓ 定期健診で採血して入院になってしまった時の数値
4/22 9.4ℓ 入院中、二度の輸血で退院時の数値
4/27 6.5ℓ 救急車で病院に運ばれた時の数値
4/28 4.6ℓ この数値じゃ生きてられないよね

なんでこんなになっちゃったのか
そう言えば、
今回担当の女医さんは一年前に不整脈の件で
安易な見解で危うく大惨事になるかもしれなかった先生かも。
その時のブログ『マルちゃんストラップ』の冒頭に書いた女医さん
救急車で運ばれた時に気づけば・・・・・。

死因がハッキリしないので、と書き始めましたが
ここからマダマダ長いため一旦終わります。

寿羅のカウントダウン

1997年6月28日に生まれた寿羅は、 2016年7月9日に19歳と11日で         ☆お星様になりました☆

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4才半で我が家に来たジュラは
名前を変えたら可哀そうだから
漢字にして【寿羅】にしました
大きい病気もなくスクスクと
名前のように長寿でした!

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